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急性期看護のスピードに追い付けない

看護師として働いている姉に憧れて、看護師を目指して看護学校に入った私。
子供好きという性格も手伝って大学病院に就職が決まった時には、小児病棟に配属されるよう希望を提出しましたが、
希望は通らず、成人病棟の、それも急性期看護という分野に携わることになりました。
希望通りの配属とはいかなかったものの、まずはひたすら経験を積み、
キャリアアップを図ることを目標に毎日努力を続けました。

 

急性期はあまりにも展開が早く、当然ながらそれに付いていけるだけのスピード感と正確さが求められました。
当然ながらミスすることは絶対に許されません。
私は度々、先輩や上司にきつく叱られることもありましたし、当然指導も厳しいものでした。
それに、患者さんの死を目の当たりにすることもあり、学生時代にずっと考えていた、患者さんと心を通わせた看護をすることもできないままどんどん月日が流れていきました。
それでも、どれだけ努力を続けていても、なかなか手応えを感じる事ができませんでした。
あっという間に過ぎ去って行く月日と共に、自信がどんどんとなくなっていったのです。

 

私が勤めていたのは看護学校も同時に運営している病院だったので、
卒業生がエスカレーター式に配属されることが多かったのですが、
私は外部から来た就職者。
その病院の持つ看護観が肌に合わなかったというのもきっと頑張りきれなかった原因だと思います。
そして2年が経過したころ、私はついに限界を感じて退職してしまいました。

地元の診療所での仕事

大学病院から逃げるようにして退職した後、もう看護の仕事は辞めてしまって、保育業界へ転職しようかとも思いました。
今思えば本当に逃げていましたね。
一度大学病院で挫折を経験しているためか、看護の仕事をすることがとにかく怖かった。
また同じように失敗したらどうしようという恐怖心が勝っていたんです。

 

しかし、そんな風にぐずぐずと悩んでいる私に父親はしっかり働くように叱ってくれたんです。

 

ずっと憧れていた姉。
姉のようにきらきら働きたいという思いから志した看護師の道。
姉が生き生きと働いている一方で、まるでだめな自分。
何だか姉と比べられているような気持ちになって、いつも辛かったんです
。自分に対するいらだちもありました。
しかし、そんな私のことを見ていた父親は、私以上に腹が立っていたのだと思います。

 

父親に叱られてからは、このままではいけないと思い、新聞の折り込み広告で見つけた求人に応募し、無事に地元の診療所で働く事を決めました。
患者さんと話す事も楽しかったし、スタッフ同士の仲も良くて、穏やかな雰囲気の中で働くことはとても新鮮でした。
それでもどういうわけか、私の気持ちはポカンと心に穴が空いたような感覚だったのです。

 

そんな風に考えながら日々を過ごし、25歳を迎えた時に、本当にこのままで良いのかと悩みが深くなって来て、街を歩いていたらストリートミュージシャンに出会ったんです。
彼らは自分と同じような年齢。
なのに自分たちの思いのままに、好きな事をしている。
それを見た時に何故だかわからないのですが、とても悔しく思ったんです。
私も自分のやりたいことをしたい。
やはり小児看護の仕事をしたい。
そう思えてからは、ほとんど諦めかけていた小児看護の業務ができる転職先を探すようになっていたのです。

リハビリテーション病棟での仕事

姉は私が看護師を志したきっかけであり、看護師の先輩でもあるのですが、
そんな姉から患者さんとじっくりと付き合いたいならリハビリテーション病棟が良いのではないかとアドバイスを受けた事がきっかけで、障害児のリハビリテーション看護について考えるようになりました。

 

実は学生時代に小児病棟でアルバイトをしたことがあり、その時に出会った障害を抱えた子供のことがずっと頭に残っていました。
その子は障害を抱えていながらもとても明るく、元気で、そんな姿を見ていたら自分がいかに甘えているのかを思い知らされたんですよね。
その子からなんでもやればできるんだということを教えられたんです。
だから次は私の番。
障害を持っていても元気に生きる子供達の支えとなりたいと思うようになったんです。

 

それからは姉が勤務していた病院が求人を出していたのですぐに応募しました。
面接の時には経験がないことについて心配されましたし、
子供が好きだと言う理由だけでは無理だと言われましたが、
それでもその障害を抱えた子供と関わった経験や自分の思いを伝えることで採用してもらうことができました。

 

しかし、やはり未経験の仕事だったので、慣れるまでは必死でした。
とにかく経験がないので、肢体不自由児を抱く時もどのように抱いたら良いのか分からない、
泣かれてもどのようにしたら良いかわからない、
悪い事をしてもどのようにして叱れば良いのかわからないといった感じでした。
どうしようもなかったので、経験を積むしかなかったんです。
ただ、何よりも大切なことは、目線を子供に合わせる事だということは気付いていました。

 

また、小児病棟では、他の病棟よりもはるかに家族へ気を配る必要がありました。
子供が病院でどのような様子だったかを詳細に伝えて、家族の不安を取り除かなくてはなりません。
それに加えて新しい職場で良い人間関係を築くために常に神経をすり減らしていました。

 

このように、とにかく大変で、面接時に言われた通り、子供が好きなだけでは難しい仕事であることを痛い程感じました。
それでも子供たちの笑顔を見るだけでパワーをもらう事ができます。
どれだけ疲れていても、その笑顔を思い出せば、看護の仕事を頑張ることができるんです。


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